志野織部草文小徳利

春になって忙しさを増すと、最初は両手で、次いで片方の脚で──と、ピアノと踊りを同時に演じるような慌ただしさの中にあります。去る者は日々に疎しと云うのか、暫くご紹介を怠ると変わりばえのしないように思われてしまうのですが、何から伝えたものかと判らない程に好きなものが蒐まってもいます。

志野織部では江戸初期の作りで、草文の小徳利を見つけました。余白のきいた三面の絵様と長石釉の具合が好みで、半合も入らないような背の低い恰好にも好ましさを感じます。それぞれの角度から愉しむことの出來る徳利の形状にあって厳しい目を向けられるとも思うのですが、処々方々好ましい優品で、うら若い表情が愉しまれます。

口部に金継ぎによる繕いがありますが、油には使っていなかったもので酒器としても実用して頂けます。容量はおおよそ80cc、桐箱が附属します。

志野織部草文小徳利 ( 江戸初期 )外径 6.3 cm – 高さ 9.2 cm / 売約済み

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南方美術店 ( 12:30 – 19:00 )
世田谷・
二子玉川駅より徒歩11分 / 用賀駅10分
世田谷美術館/五島美術館/静嘉堂文庫美術館より徒歩15分

古九谷香炉

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三つの画題(松、竹、梅)が文人の理想を描いたもの──とは何処かで読んだ覚えがあるものの、そうした型についてとんと関心を持てないために、時々に生ける花であったり、季節に応じて正面の向きを変える少しの所作の方についつい愉しみを覚えてしまいます。

南画など見ていると、人生のかなり深刻な問題を扱っているとは気づかれぬように、わざとどこにでもあるものを描いていると感じることもあって、何も始まらず、何も起こらない1日の憂いが、平凡な問題ながらに不安に満ちていることを、何とかおかしみにしようという試みもあろうかという気がします。

古九谷など手にするのは実のところ初めてで、香炉などは別段使わないのですが、そこに構図として描かれているものが清々しい。多色でも、金彩がよく残っているでもなく、色は剥落に傾いているのに、却って生彩豊かなものに映るのは日本人の美意識に拠るものでしょうか。その癖、寂しい感じがしないので、精神上のより重要な温かさが灯っているようにさえ感じられます。

火舎(ほや)と呼ばれる香炉の蓋は純銀のものが誂えられており、香炉とよく調和がとれています。縁に古い金繕いの他、疵が見られるのは少々惜しいところではありますが、未だ鑑賞の生命を保っていますので、長く手元に置いて愉しんでいただきたい物です。

古箱が付属します。

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古九谷香炉 ( 江戸前期 ) 外径 7.4 cm – 高さ 7 cm / 価格はお問合せ下さい

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骨董古美術古道具
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織部面取筒器

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何年蒐集していても未だ見た事のない形をしたものが在るもので、実際手にすると首を傾げて少時考え込んでしまうような珍しいものです。

織部の茶陶で新風を打ち立てようと様々に意匠を凝らした実験作の1つのようでもあり、実際発掘の手ですから、失敗と思った物を放棄したものが掘り起こされて、今になって物事に抜け目のない者の心を困らせているに過ぎないのかもしれません。

香炉に似たつくりのものがありますが、向付けよりも小さな姿で、見込にまで施釉がされており、糸切りの高台の中央部は指で押して底上げをしたと思われる窪みがあり、湯が冷めにくいよう工夫を凝らした茶陶としての試みを感じさせる作りのように思えます。

美濃のつくりを感じさせる美しい釉調が見所です。

一晩で水がじわりと染み出ましたので、水を入れる場合は落しをご使用下さい。

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織部面取筒器(桃山時代周辺)外径 5.5 cm – 高さ 7 cm / 売約済み